タフな文房具・其の三。
2011年 03月 18日
実は昨秋の三菱の展示会のあたりで取り上げるつもりだったパワータンク。
いったい何から説明したものかと思案しているうちに機会を逸し、まさかこんな形で取り上げることになるとは。
パワータンクとは、「空気のチカラで書きつくす」がキャッチコピーの加圧ボールペン。
加圧ボールペンというのは、圧縮空気でインクを押し出す加圧機構を備えたボールペンのことで、パワータンクでは3000hPa(ヘクトパスカル)の圧縮空気が常時専用インクを押し出しているという。
もっとも、「加圧機構」といってもパワータンクの場合、それらはすべてリフィルの中の話。
要はリフィルの中にすごい圧が加えられている。
そしてその圧のおかげで、「いつでも」「確実に」筆記することが可能というわけ。
なぜそんなに加圧することが大事なのか。
それはボールペンが書けなくなる原因と密接な関係がある。
ボールペンが書けなくなる原因は大きく分けて4つ。
1:ボールの先から空気が入ることによるインクの逆流
2:落下などによるペン先の損傷
3:紙の繊維やゴミなどの巻き込み
4:リフィルの使用期限切れ
これらのうち加圧ボールペンが解決するのは「1」の問題。
リフィル内部に圧がかかっているおかげで、ボールの先からリフィル内に空気が混入することがないのだ。
ボールの先から空気が混入、なんてピンと来ない方もおられるかもしれない。
分かりやすい例で言うと、例えば壁に貼られたカレンダーに予定を書き込むとき、あるいは寝転んで手帳に何かを記入するとき、これらの状況はまさに「ボールの先から空気が混入する」状況。
やっておられる方、多いと思います。
これらをわれわれは「上向き筆記」と呼び、インクはまだまだあるのにボールペンが書けないというお客さんに「壁に向かって書いたり、上向きで書いたりされませんでしたか」としばしば尋ねますが、ほとんどの方は「やってない」とおっしゃいます。
やっておられる方、多いです。
例えばバインダーに挟んだ書類にボールペンで書きこむという状況がよくありますが、そのバインダーはいつでも床に水平でしょうか。
いいえ、持ち上げて斜めになってそれに対して上向きでボールペンを走らせているはず。
ね、よくあるんです。
ボールペンは本来、ペン先が紙に対して下に向いていなければならないが、これらの状況ではペン先が紙に対して垂直、あるいは完全に上向きに。
そのことによりボールのすきまから空気が混入、それによりボールとインクがゆっくりと離れていき、やがて逆流が起こるというわけ。
これは本当に説明が難しく、例えば完全にリフィルのお尻からインクがどばーっとなっていたら「逆流」したことが分かってもらえるが、インクがたっぷり入ったきれいな状態でもボールのすきまからすでに空気が入り、ボールからインクが離れてしまっていることは多々あり、あまり納得してもらえないことのほうが多い。
実はかつて小生もその一人で、数年前の展示会のときにボールペンの担当者に何度も何度も質問し、分かりやすく説明してもらい、それでやっと理解したのだった。
その担当者の説明を引用するとつまりこういうことだ。
水の入ったコップにストローをさし、ストローの吸い口を親指で押さえて持ち上げると、水の入ったままのストローが持ち上がる。
この状態がインクの出るリフィルの状態。
が、親指を離した瞬間水はシャッと流れてしまう。
これがボールの先から空気が入った状態。
ただし、実際のボールペンのインクはねとねとしているので水のようにシャッとは離れずにゆっくりと離れていくのだが。
こんなことを言うと、じゃあペン立てにはペン先を上向きにして入れてはいけないんですね、と言われるが、それは違う。
ボールのすきまから空気が入るのは、筆記のためにボールが押され回転している最中の話。
写真は上からパワータンクスタンダードノック式本体、リフィル(SJP-7)、リフィル(SNP-7)、空気が入りインクが離れてしまった芯。
なおSJP-7の金属芯は後述のパワータンクスマートシリーズハイグレードモデルの中に入っている芯。
写真のスタンダードノック式にはSNP-7のぶっとい芯が入っている。

話が長くなったが、要するに空気の混入はボールペンが書けなくなる最大の敵。
しかし、その空気が混入する隙もないほどリフィルの中から圧がかかっているパワータンクは、上向きで筆記してもへっちゃら。
空気の混入を恐れずどんな状況での筆記もOKという話。
三菱のHPやカタログによると、パワータンクは「無重力状態の宇宙」でも「水に濡れた紙」でも「氷点下の環境」でも筆記することが可能とのこと。
リフィル内の3000hPaの圧が、空気だけでなく水の侵入も防ぐという頼もしさ。
実際パワータンクのユーザーには花屋さんが多く、それは濡れた紙にもぐいぐいと書けるからだろう。
ボールペンがあまり好きでない、という方の中には「最後まで使い切れないから」という印象を持っておられる方も多い。
上述のようにボールペンには書けなくなる原因があれこれあるが実はそれほど知られておらず、それゆえ間違った使い方でボールペンの機嫌を損ねてしまうこともままある。
そこへくるとパワータンクはシンプルだ。
加圧することで空気混入の問題を解決するのみならず、「スパイクボール」と呼ばれる突起のあるボール(ミクロの突起のようだが)により、従来のボールペンに比べて、カラーコピー印刷や、インクジェット用紙にもすべらずに書ける工夫もなされている。
つまり、ボールペンの正しい使い方を学んだり深く考えたりせずとも、機嫌よくいつでも筆記できるという実に親切で男前なボールペンなのだ。
なのだが。
地味なのだった。
どうしようもなく地味なのだった。
ジェットストリームと同時期に出たにもかかわらず、かたやひっきりなしに限定色のボディが出ーの、多色が出ーのでキャッキャキャッキャのジェットストリームに対して、パワータンクはどこまでも地味。
ただただ地味。
数年前(2008年)の展示会で、「パワータンク素敵なのに地味ですよね…」とパワータンクの担当者としみじみ語ったことがあり、そのときは初期のスタンダードノック式しかなく、「たぶんこのタイヤみたいなごついグリップがあかんと思います」みたいにダメ出ししまくった小生。
「シュッとした軸にしたいのは山々なんですが、とにかく芯が太いんで…」と涙目の担当者。
その翌年(2009年)、ついにイケてるボディが出るとのことで「やりましたね!」とハイタッチせんばかりのいきおいで担当者ともり上がった小生(興奮しているのは常に小生だけ)。
パワータンクスマートシリーズの登場だ。
従来のぶっといリフィルが入ったボディも脱タイヤで若干おしゃれになり、なんといっても手帳用のハイグレードモデルが!
これらの中には従来のSNP芯ではなく、(上の写真にあった)金属芯のSJP芯が入っている(もちろん加圧式)。
が、ブレイクせんかった…
ここまでしてもブレイクせんかった…
たぶんそれは油性ボールペン界になめらか旋風が吹き荒れているから。
従来の油性ボールペンとパワータンクしかない世界だったら絶対に評価されたと思うのに、ジェットストリームのやつ…
常々思うことだが、パワータンクとジェットストリームの目指すところはまったく違う。
哲学が違うのだ。
試し書きをしているお客さんを見ていると、その多くの方々が「なめらかさ」や「書きやすさ」を求めているのが分かる。
確かににょろにょろの試し書きだけで分かるものもある。
ジェットストリームしかり、ビクーニャしかり。
それらは圧倒的になめらかで濃く、書きやすい。
パワータンクは違う。
にょろにょろの試し書きだけでは分からない。
彼らの実力はじっくりと発揮される。
そして無知なわれわれにへそを曲げることなく淡々と目的を遂行する。
にょろにょろだけの試し書きであっさりと却下されるパワータンクを見るたびに「そうじゃない!」と心が叫ぶ。
そうじゃないんだ。
そんなんじゃないんだパワータンクは。
なめらかに濃く書けるのもけっこうだ。
だが、インクが出なくなっては絶対に困るような切羽詰まった場面で相棒に選びたいのは最強で無敵なボールペン。
クラフトテープに書ける油性マーカーには大きな仕事をしてもらうとして、日常使いにはどんな状況でも常に筆記可能な加圧ボールペンのパワータンクが頼もしいのではないか。
最強なのに地味、地味なのに最強なパワータンク。
いつぞや三菱の筆記具数点についてコラムを頼まれたことがあり、その際小生がパワータンクにつけたキャッチフレーズはずばり「孤高の最強」(ボキャブラ文房具。参照)。
もちろん一つも採用されずに原稿は闇へと葬り去られたが(本当のことを書きすぎたからだろう…全部あたりさわりのないメーカーの広告文句に差し替えられた)。

私も最近、買いました。
アンチラバーグリップなのでスマートシリーズのエントリーモデルを。
個人的にトンボ鉛筆のエアプレス(透明)が好きなのですが、パワータンクはエアプレスよりもダマが出来にくいところが良いですね。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
Muさんはアンチラバーグリップ派なんですね!
小生はほどほどについているのが好きです(なので、ほどほどじゃないグリップたちはすべて却下。Dr.グリップもユニαゲルも全然駄目)。
確かにおっしゃるとおり、ダマ等筆記線の安定に関してはパワータンク>エアプレスですよね。
パワータンクはとにかく芯の中に圧がかかっているという点で、非常に安定している感じがあります。
でも、地味なパワータンクもこうしてちゃんと分かってくださる方に使っていただけて、本当に嬉しく思います。
今後ともよろしくお願いいたします。

関西在住のため地震を免れた、はじめです。
先週、輪番停電の中、東京に出張し関西にはない緊張感を味わってきました。
計画停電ごときでこの騒ぎですから、被災地はさぞかし大変だろうと思いました。。。
非常時に備え(?)、出張ついでにがらがらの伊東屋さんで財布に入るほどの小さなペン(walkie pen)を手に入れました。4Cの芯が入っています。もとの芯もそんなに悪くないですが、お薦めの4Cがありましたら教えてください。太さは問いませんが、目的を考えると、小さなスペースに沢山書ける細字が良いかもしれません。気が向いたときで結構ですので、よろしくお願いします。
こんにちは。
いつもコメントありがとうございます。
なんと、はじめさんは関西在住だったのですね。
てっきり東京の方かと思っておりました…
地震から2週間がたちましたが、被災地の窮状や原発の問題など緊迫したニュースが続き、こうしてブログを更新していていいのだろうかと思うこともしばしばです。
できることをいつもどおりにすることも大事かと開き直っておりますが、皆さんを不愉快にさせていないことを祈るばかりです。
さて、素敵なペンを購入されたご様子。
4C芯は正直そんなに詳しくはないのですが、「小さなスペースに沢山書ける細字」ということなら、油性の0.5になるのかなと思います。
シャーボxのジェル0.4などもいいとは思うのですが、あっという間にインクがなくなるのも怖いですよね(サバイバルな観点からすれば)。
普通の油性の0.5がつまらない場合はOHTOの4C芯の0.5などはいかがでしょう。

はじめまして。
先日、実家にて使われなくなったペンたちを救済してきまして(否、くすねる…!?)、その中にあった三菱鉛筆EXCEEDの軸だけのもの(おそらくは水性ボールペンの替芯UBR-300が本来の適合品だと思われます)に、試しにSXR-5を入れてみたら、完全にとは言えないものの、筆記に支障無いレベルであることがわかり、JETSTREAMが 多少なりとも高級感のある衣装を身にまとって、にんまりなワタクシなのでありました。
さて、そんな中に、油性ボールペンの替芯SJ-7が適合するのではないかと推察される軸がありました。
そこで是非教えていただきたいのですが、SJ-7とSJP-7は互換性があるのでしょうか。
この軸を生かしたいと思い、ご教示賜れれば幸甚です。
はじめまして。
ようこそ無罫フォントへ。
SJ-7とSJP-7、互換性あると思います。
以前SJ-7が入っていたアレッシイにSJP-7を入れてパワータンク化させていた先輩がいましたので。
EXCEEDジェットストリーム、なかなかよさげですが、できることならノックのカッコイイ軸が欲しいですよね…
まあ小生は既製品で大満足なのですが…
ピュアモルト?お酒のペン?なにそれ?って検索して辿り着ました。
パワータンク!発売以来たくさん消費してます(笑)あのタイヤグリップはゲルよりマシですが長持ちしないんです。
スマートは軸が細いのと滑るので遠慮しています。パワータンクのレギュラー芯を入れられる太めの軸って御存知ありませんでしょうか?
よろしくお願いいたします。

落下してペン先(ボール部分)を床に強打してしまうと即筆記不能になるのが面倒だった以外は、雨の日も雪の日も常に私の上着のペン差しに在って濡れた不在票への筆記という任務を淡々とこなす頼もしい相棒でした。筆圧そんなに高い方ではないと思うのですが、なんとなく書き味が合ってたので濡れ紙内勤に移った今でも使ってたりします。
今はあまり見かけなくなり、替芯の入手も面倒になりましたが
たぶん廃盤になるまで使い続けるかもしれません。
長々と失礼いたしました…
はじめまして。
ようこそ無罫フォントへ。
今回のティータさんのコメントがとても素敵で、別途記事にしたいと思いました。
地味であまり取り上げられることのない加圧式ボールペンにこんなにも熱心なファンがいることを多くの人に知ってほしいです。
それにしてもパワータンクは熱心なユーザーに支えられていますよね。
思わず松さんやてっつぁんの顔が思い浮かびました。

この事知ったときは頭いいなあと思いました。なぜなら鉛筆のように研がなくていいし短くなることもないし棟上げとかで二階の屋根から落としても折れることがないし常に一定の線が引けるしボールペンといっても壁でも天井でも濡れてても書けるからです。請求書を書くときも芯のみで書いてました。他の同僚先輩の現場監督に芯のみ使う大工さんの合理性とアイディアは凄いと話してみましたがあんまりピンと来てませんでした。
ただ、和室の敷居鴨居などの造作部分がそのまま仕上がりの化粧部材には使えないのでそういった部分は鉛筆でした。
大工さんが使う鉛筆はユニやハイユニのHや2Hが多数でした。
良い内容の記事をありがとうございます。
三菱のパワータンクの担当者さんに読んでいただきたいような素敵なコメントをありがとうございます。
パワータンクはこのブログの読者にもファンが多いのですが、芯はタフでも軸がタフじゃなかったり、以前はあった軸のバリエーションがなくなってしまったり、全体的にせつないポジションのボールペンなんですよね。
芯だけを握って書くというやり方は自分もしばしば見聞きします。
そこまで愛されていることがうれしいです。

パワータンクを使い続けて早幾年、いまだにこれを超える現場用ボールペンに出会えません。
・横向き、逆さでも大抵のものには書けること。(時にはケガキ(鉄骨などに直接印をつける)にも使います。
・報告書など、普通の筆記にもそのまま無理なく使えること。
・グリップがゴムでないこと。(作業着の腕ペンホルダに入れるときに非常に邪魔なのです)
・本体が樹脂、もしくはゴムカバーされていること。(万一の落下時に機械を傷めにくい)
・現場で破損・紛失しても入手が容易で、安価で懐が痛まないこと。
これらの条件を満たすものは、パワータンク(スマート)以外にありませんでした。
ご存じの通り、スマートシリーズはすでに販売終了しておりますが
実はクツワ文具より「アウトドア用BP」としてOEM販売されています。
しかし、それもなくなるかもしれないと思って、まとめ買いしました。
スマートの大きな欠点として、ノック部のネジが緩みやすく、
強く締めると今度は軸のほうが割れてしまうというものがあるのですが、
ネットで「スタンダードのノック部を流用する」という技を知り、活用しています。
スタンダード版は軸を外からも包み込むような構造になっており、軸が広がって割れることを、
ある程度防いでくれるようです。もちろんネジ部は完全に互換性があります。
最近になって『ウェットニー』という既存の油性芯に加圧する画期的な製品が出ましたが
なにより、そこそこの文具店やホームセンターで常備されているのはゲルインクばかり。
入手が容易と思われた油性芯が、意外に置いていないことに気づきました。
というわけで、私の中で加圧ボールペンはパワータンク(スマート)一択のままです。
スマートシリーズが定番に復活してくれないかと、いまだに願っています。
長文失礼いたしました。